2025.12.22
当時21歳の現役大学生だった波木銅が、デビュー作で第28回松本清張賞を獲得したことでも話題となった小説「万事快調〈オール・グリーンズ〉」。その映画化に向けて動いていたのが『ピンポン』や『ジョゼと虎と魚たち』、『ナミビアの砂漠』など数多くの作品を手掛けてきた小川真司プロデューサーだ。コロナ禍で閉塞状況になっている時に、この原作を読んで共鳴し「どうしてもやりたい」と考えたという。だが諸事情で苦闘する中、企画が停滞。それを聞きつけた近藤多聞プロデューサーが映画化の監督として白羽の矢を立てたのが、『猿楽町で会いましょう』(21)で劇場映画デビューを果たし、ドラマ「ロマンス暴風域」(22)でタッグを組んだ児山隆だった。原作の圧倒的な面白さ、構造に対する反逆心に魅せられた児山はすぐに快諾。監督が決定したことで、小川と近藤の両プロデューサーのもと、企画が本格的に動き出した。小説を映像化するうえで、波木の作家性を大事にしたいと考えた児山は、波木に向けて原作を尊重すること、大切にしたい部分などを記した手紙を送ったという。「波木さんからは映像化にあたってのリクエストはなく、全面的に委ねてくれました(児山)」
青春を切り取った作品ではあるが、青春映画らしい青春映画をつくるとどうしてもクサくなってしまう。そう考えた児山は従来の日本らしい青春映画は参考にせず、そこから逸脱することを目指した。その上で意識したのはクールに描くこと。
ケイパー(強盗)映画でも仲間とミッションをこなすうちに絆や青春のようなものが生まれるのと同じように、オール・グリーンズも1つのミッションを半ば強制的に共有することで、仲良くなるつもりのなかった者同士の間に絆のようなものが生まれていく。そのように「青春をすること」を目的にしていない関係や行動が、物語の中でも意識されている。そんな彼女たちの特有の関係性を表しているのがそれぞれの呼び方であろう。朴のことを矢口と岩隈がそれぞれ“朴秀美”“お前”、岩隈のことを朴と矢口が“岩隈ちゃん”“イワクマコ”と呼ぶように各々が勝手な呼び方で呼び合う。「美流紅が朴をフルネームで呼ぶのが本当に好きで、原作で読んだときからずっと刺さっているんです」と児山は当時を振り返る。
基本的な物語の流れに関しては原作に寄り添いつつ、映画としての完成度を高めるために細部に関しては様々なアレンジが加えられている。原作ではオール・グリーンズのメンバー以外にも、家族や売人などの多くの人物の視点を行き交いながら物語が展開されていく。だがそれをそのまま映像に置き換えるのは、2時間しかない映画という形態には適さないと考えた児山は、オール・グリーンズの中心人物である朴秀美に狂言回しの役割を委ね視点を集約。原作でも触れられる『ファイト・クラブ』の構造的サンプリングとして、朴はときに第四の壁をも超えて独白しながら物語を牽引していく。そういった視点の整理をしつつ、児山が原作の大きな魅力と考えた台詞については極力そのまま表現するよう意識したという。
本作は地方格差や貧困、機能不全家族など深刻な題材を扱っているが、それは原作も同様である。ただ児山が原作を読んだときに感じたのは「良い意味で悲壮感がない」ということだった。朴たちはときに笑いふざけながら強烈な向かい風を交わしていく。その明るさが登場人物たちの魅力であり、映画化するうえでも大事にしたい部分であった。また社会問題を悲劇として描く作品は国内外に数多くあるが、そうでない作品があっても良い。そう考えた児山は深刻な題材を扱いながらも、殊更ウェットにはせず、軽薄にはなりすぎない程度で明るく軽やかなトーンを本作に込めていった。「暗い映画にはしたくなかった。観終わったあと楽しかったと笑ったり、走り出したくなるような映画にしたかったんです」と児山は語る。
原作のラストは唐突に訪れる。そのスピード感も原作の魅力であり、書き手の反逆心を感じる部分である一方、それをそのまま映画に落とし込むと尻切れトンボのように見えてしまう。終盤の舞台を原作通り体育館にすると決めつつ、そこに辿り着くまでにオール・グリーンズの商売が破綻し、やがて瓦解に向かっていくプロセスを映画の山場として表現したいと児山が、脚本を考える上での起承転結、その“転”として取り入れたのがオリジナル要素であるオール・グリーンズの東京遠征だった。その構造を先に決め、そのパートを構成する中で、必然的に3人の結束が表出していく物語になったのだ。「書き進めながら、こうすることで友情が色濃く出るのかと驚きました」とそのシーンの誕生秘話を児山は語る。また映画は矢口がカメラに向かってある一言を発して終わるが、そのイメージは児山が初めて原作を読んだときから決めていたことだった。その一言をどうするかは後々決まったというが、「ありがちな結末、その定型を高らかに否定する」ことは絶対にしたいと考えていたという。
キャスティングを決めるにあたり、最初に決めなければならなかったのが朴秀美を誰に委ねるかということだった。協議する中で誰かが放った南沙良の名前を聞いた児山は、瞬時に「南さんに朴を演じてほしい」と思ったという。そこには南がこれまでやったことのない役を演じてもらいたいという思いがあった。「南さんは優等生や清純派、あるいは少し物憂げな人物を多く演じてきたと思うんですが、ストリートのゴリゴリに口が悪い人物を彼女が演じたらきっと面白くなるだろうなって。それでオファーしたらすんなり受けてくれました(児山)」。一方の矢口美流紅役は見つかるまでにかなり時間を要したという。クラスの圧倒的な人気者という役に説得力を持たせる人物でなければならなかったからだ。そうしてキャスティングが停滞しているところにプロデューサーからの提案があり、出口夏希であればそのカリスマ的な人物を演じられると一同は確信。「『舞妓さんちのまかないさん』に出ていたタイミングだということに加え、小指が吹っ飛ぶような役なので受けてくれるかなと思ったんですが、すごく興味があると言って快諾してくれたんです(児山)」。そして主演の2人が決まった後、吉田美月喜に会う機会に恵まれた児山が「彼女に演じてもらいたい」と考え、岩隈真子役を委ねることになったという。
児山はそれぞれの演技に対して要所要所でディレクションはしたというが、事細かくは指示せず本番に挑んだという。「南さんは過去のインタビューで『芝居の中で人から受けたものを大事にしている』という話をしていたんです。今回はそれも尊重しつつ、南さんが無意識にでも共演者に与える側になれば彼女の新しい一面が出せるんじゃないかなと思いまして。なので今回は、南さんにこれまでと違うフレッシュな感情で芝居をしてもらえるよう意識していました。一方の出口さんには、役の空気感が出せるように、とにかくのびのびと楽しくやってもらっていました(児山)」。そういった芝居に対する方針の結果、作中にはかなりのアドリブが含まれている。たとえば終盤にオール・グリーンズの3人が海岸でピクニックをしながら会話するシーンが、とある場面で回想として挿入されるが、そこは丸々アドリブだ。あのパートを長回して撮っていたら自然とそのような芝居に繋がっていき、このシーンは使いたいと考えた児山がラストに組み込んだという。
彼らが着る衣装や美術に関しては、それぞれのキャラクターに合わせたものを監督・スタッフ協力のもと追求。たとえば朴が着ているパーカー。朴らしいアイテムだが、それは児山の私物。スタイリストのよしだえりかは、これまでも仕事を共にしてきた児山の東海村のシナリオハンティングに同行。そこでリユースショップやショッピングモールを回り、東海村の若者がどのような服装や雰囲気なのかを調査した。ジャッキーが朴に告白したバスケットコートもその一つで、東海村にできたばかりの新しい場所。そういった場所でスケートボードをしていたり、ストリート系の格好をしている若者の雰囲気を登場人物にも取り入れていった。また映画好きの矢口の衣装のため、『哀れなるものたち』や『エンドレス・サマー』などの映画Tを豊富に用意したという。朴の部屋については「ラップスタア」や「高校生RAP選手権」でインタビューを受ける若者ラッパーの部屋を参考資料にしながら形作っていった。朴が自宅でラップを練習するため、押し入れの壁に紙製の卵パックを貼って防音性を高めるというのは、ラップ指導を担当した荘子itが過去実際にやっていたことから生まれたアイデアだ。
劇中のラップ指導を担当したのが、Dos Monosのメンバーである荘子itだ。原作にはない朴以外のサイファーのラップを構成したほか、南やジャッキー役の黒崎へのラップ指導を行っている。南が披露するラップシーンには児山のこだわりも込められている。たとえば駅で朴が美流紅に浴びせるフリースタイルラップは、原作では途中で終わっているが、映画では全部言い切らせたいという思いから児山自身がリリックを追加、アレンジを行った。「『しかし言語野は太宰治』に続く部分、『押すよ烙印人間失格 どこに行ったよコンドーム 藪の中?芥川 ここ東海村』というラインは個人的にもすごく気に入ってて」と児山は笑う。朴がラップをするシーンは後半にも訪れるが、それは原作や脚本にもなく、撮影を進める中で「朴にラッパーらしく自分のことを語ってもらいたい」と考えてやることを決めたシーンだった。そうして児山が劇中でも言及されるヒップホップグループ、THA BLUE HERBなどをイメージしながらリリックを書き、荘子itと推敲。そのリリックと荘子itが自身でラップした音源を南に送ったのは、シーン撮影の3日前だった。南はこれまでラップをしたことはなかったが、もとよりラップ好きではあった。それが功を奏してか、ラップは早い段階でできるようになっていたという。「本作の公式サイトの俳優コメントでも南さんはすごく韻を踏んでるんです。すごく本を読まれる方なので、もとからリリカルなラップとの相性もいいのかもしれませんね(児山)」
朴のラップが印象的な本作だが、児山は本作をヒップホップ映画にするつもりはなかった。「ヒップホップ映画にしてしまうと朴だけの物語になってしまう。そうではなくヒップホップに興味のない美流紅や岩隈も含め、オール・グリーンズの物語にしたかった。だからこそエンディング曲にはヒップホップではない音楽に飾ってもらいたいと考えました。そんなときビクターエンタテインメントから提案してもらったのがNIKO NIKO TAN TANさんだった。格好良いし、劇中で表現したヒップホップからひとつ俯瞰的に物語を締めてくれると思い、彼らにエンディング曲を担当してもらいました(児山)」。
茨城県の中央部、水戸市の北東に位置する東海村は、『太陽を盗んだ男』にも登場する原子力発電所を有することで知られている。本作の舞台として撮影するにあたり児山がプロデューサーや制作部とともに村長へと挨拶へいったところ、原作も読んだうえで「存分にやってください」と前のめりで応援してくれたという。「村とは言っても、駅も綺麗で大きなショッピングモールがあったりそれほど田舎ではないという印象でした。ただ原子力博物館や発電所があったり、どこか近未来のような独特の空気感も流れているような場所でした(児山)」。オール・グリーンズのメンバーがBBQをする海岸や、ラストで朴が走るシーンには背後に原子力発電所が映っているが、実際に村の至る場所から見えるランドマーク的な場所であることから、意図的に劇中にも入れたという。もちろん村側も承認済みだ。ちなみに朴のカバンにぶら下がっている赤いストラップは東海村のゆるキャラ・イモゾーである。